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環境は大人が手配する。言葉は本人がゲットする。でも最後は心でつながる、本人しか昇れないハシゴだ。

最終更新: 2018年8月23日

日本語しか理解が出来ない我々日本人の前に、学校の事務室の先生は、5年生の男の子を連れてきてくれた。彼は、しばしば考えながら、日本語で自己紹介をしてくれた。ケンタロウ。ニックネームはケンです。まっすぐな瞳。私の言いたいことを聞いてくれる姿勢が伝わってきた。

登校拒否を起こした日本人の少年に優しく語りかけた。うずくまったままの少年を「友達」と呼んで、教室に誘ってくれた。新入生少年は顔をあげた。

新入生少年は語りかけられて直ぐに、日本語本来の音ではなく、外国人の使う微妙な日本語の音に一度はあげた首をさらにげんなりと、さらに深く沈めて目を閉ざして石のように動かなくなってしまった。

ケンは、片言の日本語をあやつり、父親が日本人。母親がフィリピン人。だからお母さんはタガログ語です。でもタガログ語は使いたくない。英語と日本語は辞書を読んで勉強していると。会話しているうちに言葉は流暢な英語に変わってしまった。彼の自宅は地元で有名な、セキュリティ付の高級住宅街。彼は幼少期からずっと、強い意志で、世界に出るための勉強をしているのだ。

ケンの家庭内では母親が使っている、タガログ語の母語からの離脱という現実がある。彼はタガログ語はしゃべれるけれど、使わないようにしていると言った。フィリピンの裕福な家庭では英語教育が盛んで、幼少期から家庭教師世話係を英語のできるメイドを雇っている場合もある。おそらく彼もそうなのだと思う。

流暢な英語で、「もし君が困っていたら、ぼくが忙しくても助けてあげる。君のことたくさんの友達に紹介するよ。」だって。まっすぐな姿勢で、強くリードしている彼の言葉に涙がでてしまった。

言葉を習得するのは環境と本人の意思が大切だ。

日本語しか理解できない新入生少年と、これからの日々、どんなキャッチボールが繰り広げられるのだろう。日本語の少年が英語の問いかけに少しずつ打ち解けて、笑いあえる日がくることは想像できる。

日本人の少年、心を開き続けていこう!辛いけれど、下を向いていないで、少しずつ小さな成功を重ねて。



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